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大阪高等裁判所 平成10年(行コ)6号 判決

控訴人

鈴木一誠

右訴訟代理人弁護士

金子武嗣

秋田真志

幸長裕美

奥村秀二

被控訴人

篠山町議会

右代表者議長

畑俊三

右訴訟代理人弁護士

堀岩夫

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が平成六年一〇月一四日に行った控訴人を被控訴人の議員から除名するとの処分を取り消す。

三  訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

事実及び争点

第一 申立

主文と同旨

第二 事案の概要

一 二に当審における控訴人の主張を付加するほかは、原判決の事実及び理由の第二事案の概要等のとおりであるから、これを引用する。

二 当審における控訴人の主張

1 争点2に関する控訴人の主張の補充

(一) 地方自治法一三二条前段は、「無礼の言葉の使用を禁止する」という規制手段それ自体が、現行憲法が容認しない天皇への「礼」という理念を内包するものとして、憲法適合的でないのはもちろん、そのような無礼の言葉の使用を禁止することによって維持される議会等における議事の円滑な運営及び規律秩序とは、とりもなおさず、天皇に対する礼の保持を本質とする規律であって、やはり憲法適合的でない。

よって、右規定は、現行憲法に適合しない天皇への礼という理念を内包する無礼という基準で地方議会内における言論を規制している点において、憲法の国民主権の原理(前文及び第一章)、表現の自由の保障規定(二一条)等に違反している。

(二)(1) 明確性の理論の観点からの違憲性

明確性の理論に基づく審査は、文理に忠実な読み取りによりなされるべきであって、立法目的を持ち込むことは許されない。

(2) 過度の広範性の理論の観点からの違憲性

過度の広範性の理論によって文面上無効とされるのは、単なる広範な規制ではなく、立法事実の存在についての複雑な吟味を経るまでもなく、法律の規定から一見して広範な規制であることが分かるような、正しく過度に広範な規制の場合であるというべきであるから、その審査に立法目的を持ち込むべきではない。

(3) 規制目的及び規制手段からの違憲性

仮に、議会等における言論の自生に伴う内在的制約があるとしても、その内容が合理的に限界づけられる必要があるが、地方自治法一三二条前段の規定の場合、そうであるとはいい難い。また、規制目的を達成するための手段が必要最小限度であるか否かの審査をすることも不可欠である。

2 争点3に関する控訴人の主張の補充

(一) 地方自治法一三二条前段の規制目的からすれば、「言葉の使用」にあたるか否かは、議会における円滑な議事運営の妨げになるような状況でなされたか否かが重要であるところ、本件の場合議事の進行に対する影響はほとんどなかった。

(二) 無礼の言葉にあたるか否かの判断は、個々の言辞と全体との関係及び言論の応酬における個々の言辞と前後との関係の観点から全体的に考察してなされるべきである。その上で、①意見や批判の発表に必要な限度を超えているか否か、②議員らの「正常な」盛情を反発させるか否か、③議会等における審議の規律秩序に対して実質的害悪を及ぼすべき性質の言葉であるか否かという基準に基づき判断されるべきである。

このような判断方法によれば、本件の場合は実質的に「無礼の言葉」に該当せず、少なくとも違法性は阻却されるということができる。

理由

一  争点1についての判断は、原判決二四頁二ないし八行目のとおりであるから、これを引用する。

二  本件除名処分に至る事実経過

証拠と弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1(一)  平成三年一二月一九日、被控訴人の平成三年度第四回定例会において、控訴人は、篠山町長に対し、①日の丸が国旗であり、君が代が国歌であるか、②肯定するのであれば、その具体的理由、③日の丸や君が代が近隣他国の侵略の道具に使われた事実は記憶しているか、④そのことに対する反省の意思や改悛の情はあるか等について質問した。これに対し、篠山町長は、我が国の国旗の認識は広く国民に定着をしており、学校教育で日の丸を国旗として取り扱い、君が代を国歌として取り扱っている。我が国の国旗や国歌については世界中が認めている等と答弁した。(甲一)

(二)  被控訴人の広報委員会の研修視察旅行が平成四年二月二〇日及び二一日に施行されたが、二〇日の夜は温泉旅館に宿泊し、飲食した。右の飲食代の支払は研修補助費が充てられた。(証人瀬戸亀男、控訴人本人)

(三)  平成四年二月二〇日発行の被控訴人の「議会だより」に、右(一)の町長の答弁につき、「我が国の国旗(日の丸)の認識は広く国民に定着しており、学校教育で国旗として取り扱っている。」旨の記事が掲載された。(甲二七)

(四)  控訴人は、右(三)の記事が、町長が明確には日の丸が国旗であり、君が代が国歌であるとは答弁していないのに、そのように答弁した旨の不正確なものであったとして、平成四年四月二二日付けの町職員措置請求書なる文書をビラとして町民らに配付した。右文書には、このようなデマ記事を掲載する出版物に公金を支出することは違法、不当である旨の記載がある。また、同文書には、右(二)の研修視察旅行に関して、「広報編集事務調査などと称して三三万二五〇〇円もの公金を持ち出すのを、世間では『ヌスットにオイゼニ』と申すもので、違法不当な公金支出である。篠山町議会では研修会や事務調査で泊まりがけで出かけた場合、宿泊所では『結婚式』を常々やっていたらしい。」とか、「本年二月二〇日、二一日に行われた研修会の宿泊は城崎であったが、その夜の宴会は『法事』だったらしい。翌日の帰路のバス内で『法事』にしても女の身内が少なかったことが問題となり、今後はキレイドコロをはべらせたニギヤカナ『結婚式』にしようとの意見が出た。」等との記載のある同年五月一八日付け町職員措置請求書も同時に掲載してあった。(乙八ないし一〇、控訴人本人)

(五)  平成四年六月二五日、被控訴人の平成四年度第二回定例会において、冒頭、瀬戸亀男議長は、「議会だよりをデマ記事を掲載した広報に値しないものと決めつけ、広報委員会の調査研修にかかる所管事務調査を手前かってな調査といい、同旅費について違法・不当な公金の支出と断定することは議会の機関意思の決定にも背くきわめて遺憾なことであり、配付された文書の内容も、ジョークや笑い話を無理に歪曲し、さも事実のごときかのような印象を与える記述であって、品位を欠き、議会の信頼を失墜する行為である。」との理由で、右(四)の文書配付に関して、控訴人に厳重注意をした。(甲二三)

2(一)  平成四年六月二五日、被控訴人の平成四年度第二回定例会において、瀬戸亀男議長から、控訴人の監査委員に対する住民監査請求の写しの内容と同写しの配付について、過日来の全員協議会において多数の議員から過ちを咎め、反省を求める意見が続出したとの報告がなされ、次いで、前記1(五)の厳重注意が申し渡された。(甲二三)

(二)  同年九月二日、家永議員ほか四名の議員は、瀬戸亀男議長に対して、控訴人に対する問責決議にかかる決議案を提出した。その理由は、右(一)の住民監査請求(議会だよりに関するもの)に関しての議長発言にもかかわらず、控訴人は反省の跡もなく、同請求が却下された後、司法当局に対して訴えを提起し、その訴状の写しを不特定多数の住民に配付したが、その内容は事実を意図的にねじ曲げ、住民の判断を狂わす虚偽の宣伝としか考えられず、また公式な委員会のメンバーを誹謗中傷し、侮辱し、人格を傷つけたといわざるをえない等とするものであった。(乙一九)

(三)  同日の被控訴人の平成四年度第三回定例会において、右決議案が審議された。家永議員は、提案理由の説明の中で、議員の立場にある控訴人が監査請求するのは、権利の重複行使であり、乱用につながるものであり、司法の権威に判断を持ち込んで、おのれの主張を押し通そうとする姿勢は議員として卑怯であり、自己否定、自己矛盾につながるものであるなどと述べた。右決議案は、在席議員全員の賛成で可決された。(乙一七)

(四)  右(二)の訴訟は、控訴人が被控訴人の議会だよりの編集委員の地位にある議員らを被告として、議会だよりが虚偽の事実や不相当な記事を掲載し、公費で出版すべきものではないこと及び右被告らが同年五月二〇ないし二一日に行った視察研修が温泉地での飲食行為を主たる目的とした違法なものであること等を主張して、篠山町に対し不当利得金を返還するよう求めて神戸地方裁判所に住民訴訟として提起されたものである。同裁判所は、平成五年八月に控訴人の請求を棄却する判決を言い渡した。控訴人は、大阪高等裁判所に控訴したが、同裁判所は、平成六年四月に控訴棄却の判決を言い渡した。しかし、右各判決の理由を見ると、控訴人の主張が全く根拠を欠く不当なものであるとはされていない。(乙一二、一三)

3(一)  平成四年九月二九日の被控訴人の平成四年度第三回定例会において、控訴人は、一般質問の中で、滋賀県草津市の議会が子供たちに議場を解放してちびっ子議会なるものを開催した例を引用して、被控訴人の議場も一般に解放すべきではないかとの趣旨の質問をした。その際、控訴人は、「本会議場でちびっ子議会が開催され、そのような場合は私はたまたま一五番の席に座っておりますけれども、そこにお子さんであったり、あるいはご老人であったり、あるいは部落の方であったり、在日朝鮮人であったり、そういう方々がお座りになって、服装にしましてもスーツやネクタイもおつけになっていない、その上に運動靴やハイヒールや、あるいは草履で出て来られたとしても、私は決して私の席をケガスなとか、私の席に座るなとか、そのようなことを申す意思は少しもございません。」という発言をした。(甲五)

(二)  右の控訴人の発言について、不穏当な発言であるとの指摘がなされ、議会運営委員会預りとされた。同委員会は、控訴人が「部落」、「在日朝鮮人」なる言葉をなぜ使ったのかということを中心として審査した結果、控訴人は、「ケガレ」を否定する代名詞として、子供、老人、部落の方、在日朝鮮人を使用しており、これは潜在する差別意識の現れと受けとめられる。例え侮辱の意思がなかったとしても、その表現のもたらす社会的な影響を考えると、客観的には社会意識として存在する表現であり、他の方々への社会意識として差別観念に結びつき、差別を助長するものであるとの結論を下し、控訴人に陳謝を求めるとともに、懲罰にも値する厳しい処分を科すべきであるとして、その旨、同年一一月一〇日の被控訴人の平成四年度第三回臨時会に報告した。そして、瀬戸亀男議長は、同臨時会において、控訴人に対し厳重注意を言い渡した。(甲二四、乙二〇)

4(一)  平成四年一二月二四日の被控訴人の平成四年度第四回定例会において、中央政界に対してアピールすることを目的とした「国民の信頼を回復するため、真に実効ある政治改革の断行を求める意見書」を採択するための審議がなされた。その中で、控訴人は、「現に篠山町の町議会におきましても、検察官の取調べを受けておられる議員さんが何人かおられるし、今後まだいろいろ訴追を受けられる方もあるんじゃないかと思うんですけれど、そういうようなことを無視して、国会議員のことをどうこういうというのは、いま自らを厳しくと発言された言葉自身が、うちには優しく、外に対しては厳しいという、この何ともいえないいやらしい態度の現れと、そのように思う。」とか、「むしろ、この意見書、これ自体が我々町議会の中で似たような問題があり、いろいろ世間から問われている。」とかの発言をした。

これに対し、瀬戸亀男議長は、あたかも被控訴人の議員らがうちに優しいというような発言があったことは問題であるとして、控訴人に対し、その発言の取消しを求めた。控訴人は、これに対する意見を述べようとしたが、同議長は控訴人の発言を許さず、議事録からは議長職権で取り消すこととすると述べて、直ちに右意見書の採択について採決をとり、賛成多数で可決して、休憩に入った。しかし、控訴人の右発言は議事録から削除されていない。(甲八)

なお、当時、控訴人の告訴により検察庁の取調べを受けていた被控訴人の議員二名が存在したが、いずれも起訴はされていない。(証人瀬戸亀男、控訴人本人)

(二)  休憩後、家永ら四名の議員から控訴人に対する懲罰動議が出された。その理由とするところは、被控訴人が犯罪人を抱えているような発言をした上、議長の発言取消要求に応じず、反省の色もないというものであった。そして、懲罰特別委員会を設置して、これに付託することが決議された。(甲八)

(三)  平成五年二月一七日の被控訴人の平成五年度第一回臨時会において、控訴人に対する懲罰が審議され、陳謝の懲罰を科すことが可決された。次いで、瀬戸亀男議長が控訴人に対し、陳謝文の朗読を命じた。これに対し、控訴人は、さきほど弁明しかけたのに、途中で停止させられた等と言って抗議した。そして、同議長は、控訴人に陳謝文朗読の意思がないものと認めて休憩に入った。再開後、右朗読拒否に関して、家永ほか三名の議員から控訴人に対する懲罰の動議が提出され、懲罰特別委員会を設置して、これに付託することが決議された。(甲九)

(四)  同年三月一〇日の被控訴人の平成五年度第一回定例会において、控訴人に対する懲罰が審議された。冒頭、瀬戸亀男議長は、除斥を言い渡された控訴人が傍聴席にいるのを認め、退場するよう命令し、控訴人は退場した。そして、控訴人に対し三月一〇日から一〇日間出席停止の懲罰を科すことが可決された。

次いで、同議長は、除斥を解除して控訴人の入場を求めたが、控訴人は、議場からの退場命令の解除がないとして、同議長に文書を提示するよう要求し、議場に入場しなかった。(甲一〇、控訴人本人)

(五)  同年三月一一日の被控訴人の平成五年度第一回定例会において、家永議員ら四名の議員から、控訴人が前日議長の除斥解除にもかかわらず議場に入場しなかったことは議会の品位と秩序を乱したものであることを理由として、控訴人に対する懲罰の動議が提出され、直ちに懲罰特別委員会を設置して、これに付託することを決議し、五〇分の休憩後同委員長から報告書が提出された。そして、直ちに審議がなされ、出席者全員の賛成で、控訴人に対し、同月二〇日から七日間の出席停止の懲罰を科すことが可決された。(甲一一)

5(一)  控訴人は、平成六年六月一日付けの「お知らせ1」との表題を付したビラを町民らに配付した。右ビラは、篠山町が推進しようとしている住民の出すゴミ袋に氏名を記入する件等に関するものであるが、その中に、「篠山町議会議員の中には清掃業者と姻戚関係にあるものが一人おり、町長や助役と懇意にしております。クサイ・キタナイ仕事は昔からジェニコになるもので、成金希望者が殺到する職種で、それらにまといつく町のダニやシラミも真砂の数ほど発生します。寄生虫が身体に食い付いたことを知るのは、相当の鋭い洞察眼を持つ住民以外は、イタイやカユイの自覚症状の後から気付くことです。篠山町には以前からノミやダニが住み着いておりまして、質疑や一般質問や裁判で公費にタカル寄生虫らに殺虫剤を撒いていますが、耐性菌や虫らしくケロリとしています。つい先日も私と松本議員以外は、東北地方の観光温泉ベッピン視察研修旅行を町長・助役と仲良く楽しんでましたので、退治するのに苦労します。」という記述があった。(乙六)

(二)  同月二七日の被控訴人の平成六年度第二回定例会において、冒頭、瀬戸亀男議長は、控訴人の同年六月一日付けのビラ配付について、その中に、清掃業務に携わっている人たちに対する差別的な言辞(特に臭い汚い仕事は昔からじぇにこになるもので、成金希望者が殺到する職種である等)があったことや、同月一九日の篠同教定期総会における控訴人の篠同教役員は無報酬であるべきであるとの発言及び会議半ばで退場したことは節度に欠けるものであること等を理由に、議会の品位と規律の保持のためとして、控訴人に対し厳重注意した。(甲一九)

(三)  同日の定例会において、松尾議員ら七名の議員から、右(一)の議長の厳重注意の理由にかかる理由と同一の理由で、控訴人に対する辞職勧告決議案が提出された。そして、直ちに審議された結果、一名の議員が反対の意見を述べて退場したが、残りの議員全員の賛成で可決された。(甲一九)

6(一)  平成四年六月二五日の被控訴人の平成四年度第二回定例会において、控訴人の質問につき、家永議員から、二問限りという議員間の申し合わせに反して控訴人の質問は八問にも及んでおり、内容も繰り返しであるとして、質疑を打ち切るようにとの動議が提出され、これが可決された。(甲四)

(二)  同年九月二九日の被控訴人の平成四年度第三回定例会において、控訴人の質問につき、石塚議員から、特に理由を示さず質疑を打ち切る動議が提出され、これが可決された。(甲五)

(三)  同年一二月二四日の被控訴人の平成四年度第四回定例会において、控訴人の質問につき、石塚議員から、二問限りという議員間の申し合わせに反していること等を理由として質疑打ち切りの動議が提出され、これが可決された。(甲六)

7(一)  平成六年九月二〇日の被控訴人の平成六年度第三回定例会において、平成五年度篠山町水道事業会計歳入歳出決算認定が議題とされた。この件を付託されていた民生福祉常任委員会の畑三男委員長が報告したが、その中に、城東簡易水道の上宿内の導管工事が中止になった理由について、取水中止していた辻川最下流の浅井戸より水量確保のため計画していたが、上宿総代の反対のため中止したとの説明があった。次いで、同委員長に対する質疑に入り、控訴人と同委員長の間で別紙一のとおりの質疑がなされ、その後控訴人が質問しようとしたのに対し、瀬戸亀男議長はこれを無視して、質問をさせないまま、採決を取った。

続いて、篠山町ガス事業会計歳入歳出決算認定の審議に入った。この件を付託されていた民生福祉常任委員会の畑三男委員長が報告をした。その中に、右委員会において委員から売上金の回収状況について質問があり、これについては努力しているが、困難な部分もあり、悪質者と言われている方は一八人の状況で、夜間徴収、分割等で対応しているとの答弁があったとの部分があった。次いで、同委員長に対する質疑に入り、控訴人と同委員長との間で別紙二のとおりの質疑がなされた後、瀬戸亀男議長が質疑を打ち切り、採決を取った。(甲二〇、控訴人本人)

(二)  翌二二日、控訴人は、畑三男委員長の前日の答弁が控訴人に対する侮辱であること等を理由として、同委員長に対する懲罰を求めて、別紙三のとおりの懲罰処分要求書を瀬戸亀男議長宛に提出した。次いで、同月二八日、控訴人は同議長宛に別紙四のとおりの懲罰処分要求補正書を提出した。(乙四、五の1)

(三)  平成六年一〇月一四日の被控訴人の平成六年度第三回定例会において、畑三男議員に対する懲罰の件が審議された。右要求書及び右補正書はあらかじめ各議員に配付された。控訴人は、懲罰を要求した理由説明で、控訴人の質問に対して畑三男委員長は答弁しなかったこと、「もう全委員がその総代の性格、過去の経緯経過、すべてわかっておりますから」という答弁は趣旨不明であり、更に質問しようと挙手したのに議長は会議規則等に則らず控訴人の質問を許さなかったこと、控訴人は上宿やその総代のことについて知識がなかったので質問しようとしたものであること等を訴えた。これに対し、「早く本題に入れ」等のヤジが浴びせられたが、控訴人は引き続き、答弁をしなかったという行為は、議会全体の知りたい、究明したいという意思の現れであり、たまたま自分が代表という形で質問しているのであるから、これは議会全体を侮辱していることになること、「悪質者」という発言をした以上その定義付けは明確にしておくべきであるから質問しているのに、これに対し、「ひとりよがりの意見である」等として答弁をせず、逆に質問者に質問を投げ返す等の行為は、質問者を侮辱するものであること等を訴えた。その間も、「勝手なことをいってくれるな。」等のヤジが控訴人に浴びせられた。

次いで、畑三男議員が、民生福祉委員会の委員長の報告は、審査の経過のみに限られ、委員長個人の意見、見解を答弁することは許されていないこと、言葉足らずで適切さを欠き誤解を招く発言であったかもしれないが、決して他意をもって答えなかったものではないことを述べて弁明した。そして、質疑に入り、石塚議員が控訴人に対し、控訴人は他人を侮辱したことはないのか、本件要求書の内容の方が問題ではないのかという趣旨の意見をした。次いで、岡前議員から、控訴人に対し、本件要求書を撤回して、要点だけの懲罰要求書を提出する気がないのかとの質問がなされた。これに対し、控訴人は、別紙五のとおり発言した。更に、質疑が続けられた後、畑三男議員に対する懲罰について、懲罰特別委員会を設置して、これに付託することが決議された。四〇分間の休憩後、同委員長から、畑三男議員には懲罰を科すべき侮辱的発言及び侮辱的な答弁拒否は認められないとの理由で、懲罰を科すべきではないとの結論に達したとの報告がなされ、審議の結果、賛成多数で懲罰を科さないことが決議された。(甲二二)

(四)  右決議の直後、家永議員ほか三名の議員から、控訴人に対する懲罰の動議が提出され、直ちに議題とすることが可決された。瀬戸亀男議長は控訴人に対し退場を命じられた。これに対し、控訴人は、「議長、議長」と叫んで発言しようとしたが、他の議員より「退場、退場」とか「だまって出ていかんかい、お前。」とか「帰ったら多分席ないぞ」とのヤジが浴びせかけられ、控訴人は退場した。次いで、家永議員が、本件要求書及び本件補正書の次の部分が問題であるとの趣旨説明をした。

(1) 委員長畑は作成したのか判らない作文を必死になって読み上げるのが限界で、質問をしてやると高血圧症も手伝って、頭の中が真白になるらしくまともに答弁できない人物である

(2) 普通の頭脳を持つ者には、決して出来ない間抜けな答弁を繰り返し

(3) 議会全体を侮辱し愚弄することの常習犯の議員畑三男

そして、以上のような表現は、畑三男議員の信頼を損ね、著しく名誉を傷つける極めて無礼なものであり、処分要求書に必要な記載要件を超えて、必要以上に相手を非難中傷することは許されないものであるうえ、本件補正書中で、直接関係のない熊谷議員のことを、「拙者の議員活動を妨害することを任務にしている議員熊谷」と侮辱、愚弄していること、しかもこうした行為が過去何度も繰り返されていること等から、控訴人のこのような言動は地方自治法一三二条の規定する「無礼の言葉」にあたるとの説明をした。

次いで、瀬戸亀男議長から、控訴人から弁明をしたいとの申出があるということから、賛成者の起立を求めたところ、起立する者はいなかった。そして、控訴人の弁明のないまま、控訴人に対する懲罰の件につき、懲罰特別委員会を設置して、これに付託することが決議された。

二時間三〇分の休憩後、控訴人に対する懲罰の件が審議された。控訴人が退場させられた後、懲罰特別委員会委員長から、審査結果の報告がなされた。同委員長は、本件要求書及び本件補正書の中に、①「頭の中が真っ白で空間も多くあるらしい哀れな委員長畑三男」とか、②「議会全体を侮辱し愚弄することの常習犯の議員畑三男」とか③「拙者の議員活動を妨害することを任務にしている議員熊谷満」等、極めて断定的に相手を誹謗中傷し、議員としての社会的信頼を損ね、名誉を傷つける記述があり、懲罰処分要求の必要な限度を超えて、相手を直接攻撃する無礼の言葉であると判断し、過去の処分歴等を勘案すれば、除名が相当であるとの結論に達した旨の報告をした。

ここで、瀬戸亀男議長から、控訴人からの弁明の申出について決をとったが、賛成者の起立なしという結果であり、控訴人の弁明の機会は与えられないままこの件について決がとられ、出席者は控訴人を除く全議員である二〇名で、そのうち四分の三以上にあたる一七名の議員の賛成により、控訴人を除名処分に付することが決議され、即時控訴人を入場させたうえ、本件除名処分が控訴人に告知された。(甲二二)

8  篠山町議会会議規則(平成元年議会規則第一号)中には、次のような規定がある。(甲二五)

(一)  発言は、すべて簡明にするものとし、議題外にわたり又は範囲を超えてはならない。

議長は、発言が前項の規定に反すると認めるときは注意し、なお従わない場合は、発言を禁止することができる。

議員は、質疑に当たっては、自己の意見を述べることができない。(五四条)

(二)  質疑は、同一議員につき、同一の議題について三回を超えることができない。ただし、特に議長の許可を得たときは、この限りでない。(五五条)

(三)  議員は、議会の品位を重んじなければならない。(一〇二条)

(四)  懲罰の動機は、文章をもって所定の発議者が連署して、議長に提出しなければならない。

前項の動議は、懲罰事犯があった日から起算して三日以内に提出しなければならない。ただし、九七条【秘密の保持】二項の違反に係るものについては、この限りでない。(一一〇条)

(五)  会議録には、秘密会の議事並びに議長が取消しを命じた発言等は掲載しない。(一一九条)

三  争点3について

1  地方自治法一三二条は、「普通地方公共団体の議会の会議又は委員会においては、議員は、無礼の言葉を使用し、又は他人の私生活にわたる言論をしてはならない。」と定めており、「無礼の言葉の使用」は、原則として、本会議又は委員会開催中の言論の中で「無礼の言葉」が使用された場合を指すものと解される。

2  本件要求書及び本件補正書は、地方自治法一三三条の「普通地方公共団体の議会の会議又は委員会において、侮辱を受けた議員は、これを議会に訴えて処分を求めることができる。」との規定に基づき、被控訴人議長宛提出されたものであると認められるところ、右の提出自体は被控訴人の本会議や委員会でなされたものではない。そして、右規定に基づく議員の処分要求は、篠山町議会会議規則一一〇条が規定する懲罰の動議(地方自治法一三五条二項参照)とは異なるものであるから、被控訴人においては、文書によることを要求されてはいない。したがって、本件要求書及び本件補正書は、控訴人の処分要求を議会で取り上げさせることを目的として提出されたものであって、その内容自体が当然に本会議等における処分要求のための言論と一体をなすものであると認めることはできない。

3  しかし、右のような文書であっても、それが本会議等において引用され、その文書の内容が本会議等における言論と一体となったと認められるような場合は、その文書の内容も含めて、「無礼の言葉」の使用に該当すると判断することもできると解される。ただ、引用されたと認められさえすれば、当然にその文書の内容全体が本会議等における言論と一体化するというものではなく、引用の方法や本会議等における言論全体の趣旨から、引用されたと認められる文書中の箇所について言論との一体性を認めることができるものと解するのが相当である。地方自治法一三二条、一三三条の規定によれば、無礼の言葉の使用が懲罰事由とされているのは、これにより侮辱を受けた議員の人格上の権利を保護することも目的としているとは認められるが、同法一三二条が会議又は委員会における使用に限定している趣旨からすると、同条項が主として保護しようとしているのは、会議や委員会の議事運営に対する支障の障害となることの除去にあるものと解され、したがって、文書が会議等に提出され、それが議員らの目に触れている場合でも、その文書上の問題となる表現が積極的に引用されない限り、会議等の運営に対する具体的支障が生じるおそれは生じないというべきだからである。

4  証拠(甲二二)に基づき、平成六年一〇月一四日に開催された被控訴人の第三回定例会における控訴人の言論の中で、本件要求書及び本件補正書を引用したのではないかと認められる部分を摘示すると、次のとおりである。

(一)  処分要求の趣旨説明の冒頭での「ただいまより、私が九月二〇日に提出いたしました懲罰処分要求の内容について、あるいは事由についてどのようなものであったかを具体的に説明します。」との発言

(二)  同説明の中での「そのお答えの内容と申しますのは、懲罰処分要求書の補正書のところに書いておりますとおり、『もう全委員がその総代の性格、過去の経緯経過、すべてわかっておりますから』と答弁なさったわけです。」との発言

(三)  別紙五の発言の中で、本件要求書及び本件補正書を撤回する意思はないとしていること

(四)  畑三男議員に対する懲罰の審議の中での、控訴人の「懲罰特別委員会の報告というものがいったい懲罰要求書あるいは補充書に根拠を基づいて審査をしたのかどうか、これも疑わしい内容ではないか、こうなってくるわけです。」との発言

右のうち、(一)は趣旨説明の冒頭における慣用句的な表現の中で本件要求書に触れたものに過ぎず、これにより本件要求書及び本件補正書の内容が引用されたものとは認められない。(二)については、『』中で引用した部分(本件補正書中の部分)のみを引用したに過ぎないと認められる。(三)の発言についても、岡前議員らの質問があったので、本件要求書及び本件補正書を撤回する意思はないと答えたに過ぎないもので、右各文書の内容を積極的に引用して、控訴人の本会議における言論と一体化させたものとまでは認められない。(四)は、畑三男議員に対する懲罰について、自己の処分要求理由を真剣に審査すべきであるとの意見を述べるに際して引用したもので、本件要求書及び本件補正書の個々の内容に言及したものとは認められない。

確かに、控訴人の平成六年一〇月一四日の定例会における発言を全体として見ると、控訴人は、本件要求書及び本件補正書は正しいものであるからこれを撤回せず維持する旨明言しているということができる。また、本件要求書及び本件補正書が、当日の畑三男議員に対する懲罰の審議のため、出席議員らに配付されることは控訴人としても予測していたところであり、右配付された各文書を出席議員らが読んでいることを前提に控訴人が懲罰要求の趣旨説明等をしたことも明らかである。しかし、控訴人は、本件要求書及び本件補正書中の問題とされた部分をそのまま引用するようなことはしておらず、むしろ、控訴人としては慎重に言葉に選んで発言していると認められるのであって、本件要求書及び本件補正書による表現、特に被控訴人の定例会において問題とされ、本件除名処分の理由とされた箇所を、右定例会における言論として用いたものということはできない。

また、別紙五の発言中には、例えば、第一段の「自分としては最も的確な意味、あるいは的確な表現方法をさぐってそれを使うことに常々気を使っておりますから、わざと非常識な言葉を使ったのではないと。」とか、第二段の「人を侮辱したことはないかと、幾らもあると思います。」や「名誉毀損したことも山ほどあるでしょう。またこれからも山ほどあるでしょう。」とか、第四段の「あの日付で出したあの書類はあの段階ではあれでいいと、あるいは補充書で十分と、そういうふうに解釈しておりまして、撤回する意思はありません。」のように、本件要求書及び本件補正書が的確な表現を目指した結果であり、右各文書を撤回しないことを明言しているうえ、今後もこれまでのように他人を侮辱することがあるだろうと述べるなどの箇所は、出席議員らに対し、右各文書上の表現と相俟って、控訴人に対する不快感を増長させたであろうことは想像に難くないが、右の控訴人の発言自体は、自己の意見を述べるについて、必要以上に他の議員らの反発を誘発するような侮辱的表現を用いたものと見ることができないのは明らかであり、これをもって無礼の言葉を使用したと認めることもできない。

5  本件要求書及び本件補正書の中に、被控訴人が本件除名処分の理由とした不適当な表現があることは明らかであり、これが地方自治法一三二条の無礼の言葉の使用にあたらないとしても、右各文章は、被控訴人の本会議における畑三男議員に対する懲罰の審議の際に使用されることが予定されていたものであり、右各文書の提出は、議会の運営と密接に関係していることは否めない。そして、このような文章に右のような不適当な表現を用いて、その結果関係議員らの人格的利益を侵害したものであることも明らかであるということができる。そうすると、地方自治法一三四条及び「議員は議会の品位を重んじなければならない。」とする前記篠山町議会会議規則一〇二条の規定により、控訴人に対して懲罰を科すことも可能であったと考えられるので、念のため、この点について検討しておくこととする。

以下のような諸点を勘案すれば、右会議規則の条項等により控訴人に対し懲罰を科すことが相当であるとしても、除名処分を科するのは、裁量権を濫用するものとして違法である。

(一)  本件除名処分は、本件除名処分の理由中にもあるとおり、一連の控訴人に対する懲罰等の延長線上でなされたものであるが、過去の懲罰等の中には、次のようにその適法性に多大な疑問があるものが含まれている。

(1) 前記二1のビラ配付に対する議長の厳重注意については、町長答弁に関する控訴人の議会だより批判は、町長答弁の趣旨の取り方によるものとはいえ、控訴人の見解が正しいとは考えられないが、広報委員会の調査研修に関する部分については、その表現がいささか品位に欠けるとはいえ、議員のなした言論として不相当なものであるとは認められない。現に、瀬戸亀男議長も、「ジョークや笑い話を無理に歪曲し」と、帰路のバス内で控訴人が指摘したような会話らしきものがあったことを認めている。そのうえ、この配付は議場外でなされた行為である。

(2) 前記二2の控訴人に対する問責決議は、明らかに違法である。すなわち、住民訴訟の提起及び提起者がその内容を住民に知らせる行為は、議員として議場内で行ったものではなく、住民として議場外で行ったものであるから、これを懲罰や問責の対象とすることはできない。特に訴訟の提起は、その結果が敗訴に終ったときでも、特別の事情のない限り違法とはならないのであって、控訴人の訴訟提起が違法な目的に基づくものとは証拠上認められない。

(3) 前記二3の控訴人の発言に対する議長の厳重注意は、控訴人の発言の趣旨からすれば何ら在日朝鮮人に対する差別意識の現れとは見られないものであり、過剰反応であって相当とは考えられない。

(4) 前記二4の控訴人の発言は、全体として見れば、自己の意見を述べたものに過ぎないものと認められるが、「今後も訴追を受けられる方もあるんじゃないか」とか「我々町議会の中で似たような問題があり」という部分は、必要以上に同僚議員らを貶める不適当な発言であり、議長が発言の取消を求めることは相当であったということができる。しかし、瀬戸亀男議長の取消要求は、被控訴人の議員らが「うちに優しい」というような発言は問題であるという瞹昧なもので、議事録からも控訴人の発言が削除されていないなど、その議事運営に不手際があったことも否定できない。

そして、控訴人に対する陳謝の懲罰については、議長の取消要求部分の特定に問題があったとはいえ、控訴人の発言自体が懲罰の対象とされたことはやむをえないものであるということができる。また、陳謝文の朗読拒否に対する出席停止一〇日間の懲罰及び議場に入場しなかったことに対する出席停止七日間の懲罰も、同様に懲罰事由は存在したものということができる。控訴人の退場命令の解除がない等の理由により議場に入場しなかったとの主張には合理性はない。

しかし、右(1)ないし(3)で述べたように、過去の問責決議の適法性が否定されること等からすれば、陳謝等の懲罰は過去の処分歴を勘案してなされたと推認できるものであるから、懲罰の種類の選択が妥当であったといえるかには疑問がある。

(5) 前記二5のビラ中の表現は、清掃業務従事者に対する差別的な表現であるということができ、また、篠同教定期総会における言動も節度にかけるものであることは明らかであり、これに対する議長の厳重注意は、その裁量の範囲内のものとして許されると解されるが、控訴人に対する被控訴人の辞職勧告決議は、右の各行為は議会内での行為ではないことや従前の控訴人に対する懲罰等の中に不相当であると考えられるものがあることからすれば、問題がなかったとはいえない。

(二)  以下の事実からすると、被控訴人の議員らの大多数が控訴人を個人的に嫌悪していたと認められる。

(1) 平成五年五月ころ、被控訴人の議員二〇名は、控訴人の諸活動を非難するビラを新聞の折込みとして篠山町民らに配付したが、その中には、控訴人を訴訟マニアと呼ぶなど、必要以上に人格攻撃をしている部分がある。(甲三五、控訴人本人)

(2) 平成五年六月二五日の被控訴人の平成五年度第二回定例会において、控訴人の質問が予定されていたが、家永議員から控訴人の質問項目は議員間の申し合わせである二項目より多いとの指摘がなされ、控訴人がこれに反論するという経過を経た後、控訴人が質問項目の一部撤回をしなかったため、大半の議員が休憩後議場に入場せず、自然流会となった。(甲一三、控訴人本人)

地方公共団体の議会の議員は、憲法九三条に基づきその住民から直接に選挙されたものであり、議員の除名はこの住民の選挙を否定する結果となるものであるから、除名はそれに相応する重大な事由がある場合でなければ許されないというべきである。

控訴人の言動は、時には過激に過ぎ、品位を欠き、他人に対する侮辱を含む表現を用いるなどの問題点を指摘することができる。しかし、それらは、自らの政治的信念に出たものと評価できる。そして、その言動は他の議員にとって不愉快ではあっても、地方自治法に定める議会の運営を妨げたとまではいえないし、住民が議員として適切として選んだ意思を否定するほど控訴人に不適切な言動があったとすることはできない。

したがって、被控訴人の控訴人に対する本件除名処分は、違法であり、取り消されるべきである。

四  結論

以上の説示によれば、その余の点を判断するまでもなく、本件除名処分は違法であり、取り消されるべきもので、控訴人の請求は理由があるから、これと異なる原判決を取り消したうえ、控訴人の請求を認容することとする。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官前坂光雄 裁判官三代川俊一郎)

別紙一〜五〈省略〉

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